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天安門、恋人たち [映画]

光を求めれば、闇を怖れることもない

題名から想像したのは、天安門事件によって恋人たちが離ればなれになるとか、そんな切ないラブストーリーだった。原題は頤和園、英題ではSummer Palace。初夏の夕刻に観るのにぴったりのタイトルだ。物語は中国の学生たちの甘酸っぱい青春のひとときを綴ったもの、と言ってしまえば簡単なのだけど。そこに天安門事件が絡み、高度成長していく時代が重なり、非常に複雑な構造になっている。といっても、この映画での天安門事件の描き方は学生たちが殺されるわけでもなく、ビール瓶を割って叫び声を上げるくらい。昔、日本の学生運動の多くはファッション感覚で参加していたという話を聞いたことがある。混同しては物事を見誤るかもしれないが、渦中にいるのは過激な人たちばかりではないということは確かだ。

この映画は2006年、カンヌ国際映画祭に出品されたが、「技術的に問題がある」という理由で、中国国内での上映禁止とロウ・イエ監督の5年間の表現活動禁止という処分を受けている。タブー視されている天安門事件を扱い、過激なセックス・シーンもあるが、それだけではない何かがあるような。描かれているのは、一人の若い女性が東北地方の街を出て、北京の名門大学に入り、地方都市を彷徨うまでの10年の姿だけど、目の前に映し出されているものをそのまま単純に受け取るだけではいけないのではないか、そんな気がする。決して自由にできない表現。その裏でいったい何が言いたいのだろうと暗示しているものを推し量りながら映像を追いかけていく。

主人公は中国と北朝鮮の国境沿いの地方に住むユー・ホン。早熟で衝動的で、一口でいうと混乱している女性だ。幼い子どものように無邪気に笑っているかと思えば、まるで獲物にかぶりつく肉食獣のように性欲をたぎらせたり、一人の女性の中にさまざまな顔が同居している。その顔が行ったり来たり不安定に揺れ動いて、ある時は微かに、ある時は目一杯振り切れて激震になったりと落ち着くことはない。申し分のない恋人がいても、失うのが怖くて自分から別れを切り出したり、駄々っ子のように泣き喚いたり、恋人に去られると手近な男と寝てみたり。

不安定な揺れは、周囲の人間に伝染し奇妙な化学変化を起こす。けれども、それがユー・ホンのせいなのだと言い切ってしまうことはできない。人間は一人ひとりが複雑な感情を持って生きているからだ。人びとは影響を受けながらも、それぞれの道に向かって変化していく。ユー・ホンは独り、希望を捨ててはいないと言いながらボロボロになり、空しく抜け殻のようになっていく。変化を求めず、成長もしない典型的なボーダーであるユー・ホンに救いはあるのだろうか。洗練されたコスモポリタンとして現れたかつての恋人と再会するラストシーン。ユー・ホンは、カサカサとひび割れした日常を引きずったまま、子どもが着るような薄いピンク色のフードの付いたコートにぼってりと厚着をして、輝きはない。

締めくくりに「光を求めれば、闇を怖れることもない」という言葉がある。この言葉を何に重ねればいいのか。ユー・ホンが映し出しているのはいったい何なのか、ずっとそれを考えている。
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